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横浜地方裁判所 昭和50年(わ)473号 判決

被告人 平田芳夫

昭二九・二・八生

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、全国反帝学生評議会連合に所属していたものであるが、

第一  同派に所属する一〇数名の者らとともに、昭和五〇年三月一日午後四時四〇分ころ、かねて対立抗争中の革命的共産主義者同盟革マル派に所属する斎藤幸一および安彦博が横浜市保土ヶ谷区常盤台一五六番地横浜国立大学構内の第一食堂において集会中であることを察知するや、右両名を襲撃してその身体に対し共同して害を加える目的をもつて、同時刻から同日午後四時四五分ころまでの間、同大学構内の七号館に集結して襲撃の準備をととのえたうえ引き続き同館廊下、構内通路を経て同第一食堂に至り、右両名を襲撃するに際し、前記一〇数名の者らとともに各自兇器として鉄パイプを携えて集合し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

第二  前記一〇数名の者らと共謀のうえ、同日午後四時四五分ころ、前記第一食堂において、前記斎藤幸一(当時二二年)に対し、その身体を鉄パイプで乱打する等の暴行を加え、よつて同人に加療約三ヶ月を要する頭部打撲挫創、両下腿挫創、右腓骨々折、左脛骨々折、左外傷性気胸の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち四〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人にこれを負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(一)被告人は刑事訴訟法二一二条二項の要件に該当しないのに、準現行犯人として現行犯逮捕されたものであり、逮捕手続が違法であるから、本件公訴提起は無効であつて、本件公訴は棄却されるべきである、(二)仮に棄却すべき場合に該当しないとしても、前掲被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書は、違法な準現行犯逮捕による身柄拘束中に作成された証拠であるから、違法収集証拠であり証拠能力なきものとして証拠から排除されねばならず、右各調書を排除した場合、被告人の本件犯行殊に第二の犯行は証明不十分で無罪である、と主張する。

そこで、右主張に対する当裁判所の判断を付加説示するが、被告人らが逮捕されるに至つた経緯については、被告人らを逮捕した警察官らの前掲公判供述殊に武田勝巡査部長の供述によれば、同巡査部長がその部下八名の警察官を指揮し、本件当日午後一時三〇分から横浜国立大学(以下単に横浜国大という。)周辺における内ゲバ事件に対する特別警戒勤務にあたつていたところ、同日午後四時四六分ころ、横浜国大正門から南方約一〇〇メートルの旧常盤台派出所脇のロータリー上のマイクロバスの中で、横浜国大で内ゲバが発生した旨の警察本部からの無線指令を受け、更にその直後、本件犯行を目撃してオートバイでかけつけた横浜国大の守衛から「構内の食堂で内ゲバをしているので早く来てくれ」との通報を受けて、右マイクロバスで横浜国大正門に向つたこと、同大学正門に向けて約一〇メートル位走行した地点で、同大学構内から正門へ向つて走つてくる約一五、六名の集団を発見したこと、その集団の後から一ないし二名の者が追いかけており、先に同巡査部長らに通報した守衛もその集団を犯人として指差していたこと、右の状況から同巡査部長らは、右集団を内ゲバ事件の犯人らであると判断し、逮捕するため、マイクロバスを停車し、正門に向つて走つて行つたこと、然るに同集団は同大学正門前から左側の石段をかけ降りて国道一号線方面へ逃走したこと、同巡査部長ら警察官は同集団を追いかけ、途中同集団から離れて和田町方面へ逃走しようとした男一人を同巡査部長と他一名の警察官が正門から約三〇メートルの地点で追いつき午後四時五〇分ころ逮捕し、他の警察官らは引き続き右集団を追跡したこと、同巡査部長は逮捕後前記マイクロバスに戻り、警察本部指令室に対し、集団の逃走方向、人相、着衣等を報告したことが認められ、更に前掲逮捕警察官らの供述によれば、右の集団は、前記横浜国大で内ゲバ学生との指令を受けて緊急配備につき、更に犯人グループが横浜国大正門から国道一号線を三ツ沢上町方面に逃走中である等の指令により同付近を追跡中のパトロール・カー等乗車の警察官らによつて、次々と逮捕されるに至つたことが認められるところであり、被告人自身が逮捕された時の状況については、被告人を逮捕した宮田逸雄巡査の供述によれば、本件当日宮田巡査は、相勤者の野田隆仁巡査と共に、横浜市保土ヶ谷区内の和田町交番に勤務し、同交番から二〇メートル位離れた和田町交差点で交通整理にあたつていたところ、午後四時四六分ころ、「横浜国大構内において内ゲバ発生、怪我人が多数出た模様」との本部からの無線指令を受け、直ちに右交番に戻り、同交番からオートバイに野田巡査と共に乗車して現場である横浜国大に向つたこと、その途中更に本部からの無線で、内ゲバ犯人一〇数名が横浜国大から三ツ沢上町方向に逃走したことおよび人相・風体についての指令を受け、同巡査らは横浜国大を通過して国道一号線を三ツ沢上町方向に追跡したこと、同大学正門から約四〇〇ないし五〇〇メートル進んだゼネラル石油の給油所前において、同給油所前の歩道上を小走りに走つている被告人を発見したこと、ところで、右は宮田巡査らが前記第一報の無線を受理してから約一五ないし二〇分経過後であつたが、その時被告人は相当な距離を走つた感じで顔面、額に汗を一杯にかき、息を切らしており、ズボンの右の尻の部分に直径約三〇センチメートルの円形で泥が付着していたこと、そこで、同巡査はオートバイを降り、被告人に対し「ちよつと待つてくれ」と声をかけたところ、被告人は同巡査を振り切つて前に小走りで進んだこと、そのため同巡査は後から被告人の肩に手をかけ再び「悪いがちよつと待つてくれ」と言つて被告人を停止させ、被告人に対し住所・氏名を尋ね横浜国大で内ゲバのあつたことを話して職務質問を開始したが、被告人は同巡査の右質問に対し黙秘したままであつたこと、そこで同巡査は、被告人の進行方向が無線指令の逃走方向に一致すること、被告人の風体は無線指令のそれに一致すると共にズボンに泥が付着している状況があつたこと、同巡査の質問に黙秘していることと、前記内ゲバの時間に接着し、場所的にも近接していること等の事情から、被告人を同内ゲバ事件の犯人の一人であると判断し、同日午後五時五分、兇器準備集合罪と傷害罪の準現行犯人として逮捕したものであることが認められるところであり、これら事実を総合すれば、被告人は、犯行後前記横浜国大の守衛らによつて犯人して追呼され、引き続き前記武田巡査部長らの警察官、更に無線指令を受けたパトロール・カー、前記宮田巡査らによつて順次犯人として追跡されていたものであることが認められるところであるから、刑事訴訟法二一二条二項一号の「犯人として追呼されているとき」に該当すると共に、被告人は前記のとおり宮田巡査から「ちよつと待つてくれ」と呼び止められたにも拘らず、これを振り切つて小走りで先に進もうとしたことが認められるのであるから、同条同項四号の「誰何されて逃走しようとするとき」に該当する(もつとも、同巡査の前掲公判供述には、被告人は同巡査から「悪いがちよつと待つてくれ」と再び停止を求められた時点では立ち止り、その後、同巡査が住所・氏名等を質問している間逃げるような態度は見られなかつた旨の供述があるが、右は既に二度目の停止を求められた時点のことで、被告人の前には同巡査が立ち、後には前記野田巡査が立つておりこの段階では被告人としても逃走をあきらめざるを得ない状況になつていたことが認められるところであるから、これをもつて、右同号に該当しないものと判断することはできない。)ものであることが認められ、しかも、被告人が逮捕されたのは、本件第一、第二の犯行から約二〇分後であるから時間的に相当程度接着しており、又、逮捕場所も前記のとおり横浜国大正門から国道一号線を三ツ沢上町交差点方面に向つて約四〇〇ないし五〇〇メートルの地点であつて、犯行現場との近接性も十分これを認められるところであるから、宮田巡査による被告人の逮捕は準現行犯人としての手続要件を具備した適法な逮捕と認められるところである。

以上によれば、弁護人の前記主張は、いずれもその前提を欠き、理由がないからこれを排斥し、挙示の証拠により判示のとおり認定した。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野博雄 宗方武 竹花俊徳)

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